2025年12月、石川県白山市白峰にオープンしたオーベルジュ「ENNU(エンヌ)」。金沢で10年間「レストランエンヌ」を営んできた西山昭二シェフが、白山の麓へと拠点を移し、レストランと宿泊を一体にした新たな場所をスタートさせました。
“料理人は、山に入ると覚醒する。”
白峰に移転した「ENNU」西山シェフには、この言葉がぴったりだと思いました。金沢時代とは、料理のスタイルが明らかに変わっており、度肝を抜かれたのが本音です。

西山シェフは1972年愛知県生まれ。2008年には洞爺湖サミットの会場となったホテルで料理長を経験。2015年、金沢に「レストランエンヌ」を開業しました。そして2025年、10年間店を構えた金沢を離れ、マダムの麻衣子さん(ソムリエでありハンターでもある)とともに白山市白峰へ移住。念願のオーベルジュをオープンしました。 かなり思い切った移転オープンということになります。
白峰とは、日本三名山のひとつ、白山の麓にある標高約500mの山あいの集落です。世界有数の豪雪地帯にあり、冬に降り積もる大量の雪は、春には雪解け水となって山や里を潤し、豊かな自然と食を育んできました。西山シェフが石川県で開業場所を探す中、この土地に魅了され、移転を決めたそうです。
金沢駅から車で約1時間30分。山手へどんどん向かっていくと、トンネルを抜けるごとに景色が緑を増していきます。
ようやく到着。
「おーい」と叫ぶと、やまびこが返ってきそうな場所に、西山さんのオーベルジュがありました。

実際に訪れて驚いたのは、まずその規模です。
大きなレストラン棟と、広い敷地内には宿泊棟が3棟(他、西山シェフのお住まいとスタッフ住まいあり)があり、最も大きな宿泊棟は約140㎡あります。想像していた以上に大きなスケールに驚きが隠しきれません。
レストラン棟のエントランスで最初に迎えてくれたのは、石川県の地形を模したモニュメント。
山々の形状もそのままに再現した模型です。

そして、白峰のENNUで最も注目したいのが、もちろんお料理。
西山シェフが掲げるのは、「山麓キュイジーヌ」。
白峰へ移住した現在は、地元の生産者とも連携しながら、天然岩魚、木滑仔羊、河内虹鱒、月ノ輪熊、白山麓猪、鳥越伊勢光といった、白山麓周辺の食材を料理に取り入れています。
料理には薪火が多く用いられているのも特徴です。
何より印象的だったのは、西山さんの料理のスタイルそのものが金沢時代とは違っていたことでした。
白峰に暮らし、山の中で料理をする。地元の生産者と連携し、その時々に出会う食材と向き合う。白峰という場所で、西山さんにしかできないガストロノミーが始まっていました。
【紹介項目】
ENNUのディナー「山麓キュイジーヌ」

ディナーは、3種のフィンガーフードから始まります。
最初の小さな3品で、新生「ENNU」の精度の高さ、コンセプト・方向性までを教えてくれました。

・〜山・大地・海〜
①アカイカ
アカイカと自家製からすみを、「伊勢光」の米で作ったチップにのせて。伊勢光は、30年間農薬を使わずに守られてきた土壌で育てられたもの。パリッと軽い米のチップに、アカイカの甘みとからすみの塩気、旨みを重ねます。
②日本鹿のパテ・ド・カンパーニュ、レモンマリーゴールド、ころ柿
③月ノ輪熊の赤ワインマリネ
菊姫大吟醸の酒粕を使ったサブレとストラッチャテッラ
・天然岩魚
手取川源流で釣り上げられた25cmを超える天然岩魚。塩もみして干し、低温でスモークをかけ、ミキュイに。完成まで2日を要するという手間のかかった料理。
ミキュイのしっとりとした身質とスモーキーな風味、そこに繊細な岩魚の卵、岩魚の出汁を使ったジュレを合わせ、ワサビのソース、ニラのオイル、ツルムラサキを添えて。岩魚が育った山の中の清流が目の前に広がるような一品。

・輪島天然岩牡蠣
輪島の海女さんが獲った天然岩牡蠣は、低温で火入れ。もずく、空芯菜、タンジェリンジェムを合わせ、その上を真っ白に覆う姿は、まるで白峰にふんわりと雪が積もったよう。

・木滑仔羊
白山麓・木滑地区で育てられるサフォーク種、10カ月の仔羊をつくねに。仔羊はあえて粗くミンチにすることで、肉の力強さを残しながら、仔羊のピュアな旨みがしっかりと余韻に残ります。仔羊のソースを合わせ、薪で焼いた加賀野菜のヘタ紫なすと、焼きなすのピュレを添えて。

・河内虹鱒
清流で育った河内の虹鱒は、薪火で。
ふっくらと火の入った虹鱒に、蛤の泡のソースをふんわりとのせ、加賀野菜の加賀太きゅうりを合わせます。
ここで驚いたのが、虹鱒と加賀太きゅうりの相性の良さ。
虹鱒のたおやかな身質に、火入れした加賀太きゅうり特有の肉厚さとやわらかさ、爽やかな風味が見事に調和します。

・月ノ輪熊
この日のハイライト。白山麓の月ノ輪熊のコンソメです。
赤身肉はレアな状態を残しながら、60℃で火入れ。加賀丸いも、加賀れんこんを合わせ、さらにアザミ、コゴミ、山ウドなど、塩漬けにして保存していた山菜。
コンソメは見た目も味わいも澄み切っていますが、月ノ輪熊の力強い旨みが一気に広がります。
さらに、アザミや山ウドなどが持つ苦味や香りといった野趣を、削ぎ落とすのではなく味方につけて、山の気配を印象付ける、西山シェフのガストロノミーが、最も鮮明に表れていた料理でした。

・輪島甘鯛
甘鯛は鱗焼きで。甘鯛の出汁に独活、オクラ、藪萱草の蕾。そして雪解けの頃に採れた蕗のとうを使ったソース。

・白山麓猪
メインは、白山麓で獲れた猪の薪火焼き。
万願寺とうがらしと、糖度23%の「四万六千日とうもろこし」を添えて。

・鳥越「伊勢光」
鳥越で育てられた「伊勢光」を、近隣の温泉を使って炊いたお粥に、平飼い卵の黄身とうなぎを合わせて。

・白峰草木
クロモジのアイスに、よもぎの泡。
クロモジ特有の清涼感のある香りが広がり、山の草木の香りでディナーを締めくくります。

・焼菓子

ENNUの朝食ー白峰の営み
朝食は、宿泊したからこそ味わえる翌朝のお楽しみ。ディナーとはがらりと変わって、山菜や保存食を中心とした日本の朝ごはんです。
山菜は、採れたてを味わうだけではありません。干したり、塩漬けにしたり、季節を越えて食べられるように保存する。雪深い白峰では、山の恵みを無駄なく、一年を通して食べつなぐ知恵が、食文化として受け継がれてきました。

ゼンマイの胡桃和え、ジャコ山椒、自家製梅干し、山ウドの煮物、わらびの酢の物、こごみの胡麻和え。そして、小さな新じゃがいもを皮付きのまま甘辛く煮付けた白峰の郷土料理。
お豆腐は温泉で湯豆腐にし、木の芽味噌を添えて。さらに、おいしい堅豆腐で知られる「山下ミツ商店」特製の、ENNUオリジナルの“がんも”も並びます。
夜に味わったのは、西山シェフの料理として表現された「山麓キュイジーヌ」。そして翌朝に味わえるのは、この土地で受け継がれてきた営みです。
全く違う料理のようでいて、どちらも白山麓の自然と食文化から生まれたもの。
西山シェフがこの場所にオーベルジュをつくった意味に、納得したのでした。
ENNUの宿泊棟
宿泊棟は大小ありますが、3棟あります。一番大きな棟で140平米。自然と一体化できて、さらに快適な空間でした。





