先日(2019年1月18〜20日)、2ツ星を獲得しているフレンチの「ESqUISSE(エスキス)」のリオネル氏が能登の輪島に来てのポップアップイベント【ESqUISSE Collaboration Event in NOTO】が開催された。「こんなところにリオネルが?すごい」と思った食通の方は多いのではないだろうか。地元の私は純粋に故郷での開催が嬉しい。リオネル氏の料理は、トロワグロ時代もエスキスになってからも経験あるが、彼ならではの“独創性”がお皿にバシバシ表現されていて興奮する。芸術性も高く、テーマも作り込んである。さて、能登食材をどんな料理にしてくれるのか。テーマは【大地と月の間】に。
コラボレーションは輪島のフレンチ「L’Atelier de NOTO」の池端隼也シェフ(↓左)と、七尾のイタリアン「Villa della Pace(ヴィラデラパーチェ)の平田明珠シェフ(↓右)。この両シェフの経歴もすごくて、よくぞ能登にレストラン出店してくれました!と感謝したくなる。
池端シェフは輪島出身で、大阪「カランドリエ」を経て渡仏。4年半星付きレストランで腕を磨き、帰国し故郷にて開業。平田シェフは東京サローネグループなどで腕を磨き、最近では2018年バリラ主催のパスタの世界選手権で日本代表として出場を果たした。
両者共、能登と世界を繋げ、能登から石川の料理会を牽引している。
会場は輪島の朝市などがある街中よりもさらにさらに奥に位置する「ハイディーワイナリー」内のレストランにて。高台から外海が見渡せる造りで、自然光も入る、外と一体化したような抜けの良い空間だ。
器は、輪島塗を代表する作家の赤木明登氏の器を全料理に使用!という大胆な試みだ。しかも、単に「輪島だから輪島塗りを使う」ということ以上に、口当たりや温度などの面で味わいにも大きく貢献しており、漆の器で食べる意義を教えてくれた。
まずフロアに入った時に驚いたのが、白いテーブルクロスに鎮座している黒い石だ。通常ならば整列したカトラリーにひとまず背筋が正されるが「え?ナニコレ?」の疑問符に期待が高められた。食べる前から楽しい。実はこれも赤木さんの作品でタイトルは「空石」。漆を塗ってこの質感を出している。
食材は能登の魚介類や野菜はもちろん、地酒、能登のものが基本で、日本酒も地酒ペアリングだ。能登島「高農園」さんのをふんだんに使用してあったのが印象的だった。
さてお料理のはじまり。
● YUI 結「生地を捏ねて、火を入れ手渡す」
・パン生地を揚げて、中島菜、アンチョビ【リオネルベカ】
・フイユタージュ生地、里芋、豚【池端隼也】
・ピッツァ生地、トマト、干し鱈【平田明珠】
3シェフそれぞれのフィンガーフードから幕開け。こちらは本物の石を器がわりに。ワイナリー近くの浜で3シェフで集めたものだそうだ。この辺りの浜ではこのサイズの石が転がっており、漬物石としてぴったりなため地元の人も探しに来る。目下に広がる外海の1ピースであるこの石が、店内に潮風を吹かせているようだった。お隣さんの石との違いも味わい。最初の一品からストーリーが詰まっている。これらにはハイディーワイナリーのソーベニヨンブラン100%スパークリングを合わせて。
●PAYSAGES INTIMES親密な風景【平田明珠】
米、七面鳥と海藻
赤木明登さんの「輪島紙衣汁椀」と「古銀丸折敷大」にて。「味噌汁を食べるように食べる」のが新しい。
焼リゾットは能登で育てたイタリア米とコシヒカリのミックスで、口に含みさわさわとほどけると粒感の妙が心地く、海藻の風味、ハマグリの出汁、サフランに持ち上げられる。
ペアリングは宇出津の酒蔵、数馬酒造の「竹葉 純米吟醸」。酒米は五百万石で、吟醸香、味のバランスも程よい美酒。温度は燗でも冷でもなく常温より少し低め。そうすることでやわらかな口当たりが良く出て、漆の丸みのあるテクスチャーにマッチしていて驚きの美味しさ。温度と酒器による味わいの違いってこういうことなのだなぁと納得できるペアリングであった。
●ALCHIMIE 詩的な錬金術【リオネルベカ】
椎茸、貝と豚
赤木明登さんの「天廣皿8寸」にて。この器は、あの「noma(ノーマ)」のスペシャリテである、ボタンエビに蟻をのせた料理でも使われたものだ。
能登のブランド原木しいたけ「能登115」に舳倉島のワカメがひらりとのっている。能登115は厳しい規定があるため、さすがに肉厚でうまい。干しシイタケのブイヨンや豚耳の煮汁、能登115のジュが口の中で合わさり「旨味」が相乗効果を発揮する。添えてある黒らっきょうと貝パウダーのペーストがまた美味。もっとパンチのある味を想像していたが、ふくよかで優しく横幅のある味わい。
●ENTRE DEUX MONDES ふたつの世界のあいだ【池端隼也】
大根、イカと柑橘類
赤木明登さんの「能登鉢6寸」、「平匙」にて。
極寒の冬、外海の荒波が岩にたたきつけられることで出現する「波の花」をイメージした一皿。運ばれてきたと同時に「わぁ」と各テーブルで歓声が上がる。池端シェフさすがのプレゼンテーションだ。
大根とイカという取り合わせは、和食では鉄板だけど、醤油ベースのいわゆるイカ大根とは別物の味で、こちらのほうがフレンチなのに良い意味で引き算を施された料理だ。ハマグリ出汁など旨味を味方につけているし、漆の匙のテクスチャーが心地よい。また、匙で波の花の中を探って行くと、宇出津の鮑やイカのソテー、イカスミクルトンが現れ楽しい。
●CLAIRS OBSCURS 闇に光を【リオネルベカ】
ブリ、海藻と根菜
赤木明登さんの「古銀丸折敷小」にて。
北陸の冬の味覚のひとつ、鰤を使った魚のメイン。添え物に彩りがありますが、ピンクのはビーツの折り紙で白人参のペースト入り。金柑のマリネ、蕗味噌ペースト、アスパラ昆布締め、おぼろ昆布など。
白藤酒造さんの有機米で仕込んだビオ日本酒を合わせて。スッキリした白ワインのような爽快感と優雅な甘さを持つ美酒。
●ÉLÉMENTS エレメンツ【池端隼也】
和牛、レンコンと
赤木明登さんの「古銀銅鑼鉢」にて。
お肉のメインは和牛で、ハイディーワイナリーが育てている葡萄の枝でグリル。付け合わせのキクイモペーストが豊満なおいしさで美味。コルシカ島のメルローを合わせて。このワイングラスは能登在住のガラス作家 有永浩太さん製。赤木さん談で、吹きガラスでグラスを作れる人は有永さんくらいしかいないらしい。吹きガラスなので膨らみが左右非対称で、その景色も味わい。また、口の狭いところで飲むのと広めのところで飲むのとでは、酸味や風味のアプローチが異なるのも面白い。
●CLAIRS DE LUNE 月の明かり【平田明珠】
パンナコッタ、イチゴと日本酒
赤木明登さんの「満月皿」にて。人によって見え方が異なる満月を金や銀で表現。皆それぞれに違うお月様が描かれている。
パンナコッタは麦芽の水飴「じろあめ」で甘さを出してレモングラスの風味を効かせてあり、これが素晴らしいバランス感で震えるほど美味。乳の脂肪味をうまくふうわり持ち上げて爽やかな夏風を吹かせていた。
ご覧いただいた通り、本気のポップアップだった。故郷での開催が嬉しいことはもちろん、いち食べ手として刺激されるところが多く、大きな可能性も感じた。