金沢で一番歴史がある料亭ですが、つば甚の魅力はその歴史だけではなく、お料理のレベルが高く評価されているんですよ。
つば甚さんの歴史は深く、加賀百万石の礎を築いた前田利家が、尾張に居を構えていた頃から代々のお抱え鍔師だった鍔家で、三代目甚兵衛が宝暦2年(1752年)に 鍔師の傍ら営んだ小亭・塩梅屋「つば屋」が「つば甚」の始まりなのだそうです。宝暦2年ですから、江戸中期ということになりますね。当時、友人や知人をもてなした趣向に満ちた料理がたちまち評判となり、藩主はもとより藩内の重臣が訪れるようになったそうです。やはり“おもてなしの心”というのがルーツにあるんですね。
ちなみに、伊藤博文、室生犀星、芥川龍之介、三島由紀夫、横山大観、山下清などなど、歴史上の偉人が訪れている場所でもあります。「金沢を代表する老舗料亭」という表現が最も相応しいお店だと思います。
【受賞歴】
・「ミシュランガイド富山石川(金沢)特別版2016」1ツ星獲得
場所は寺町のゆるやかな坂の中腹で、表からも品格が漂います。お迎えの方も既にお待ちのところが、さすがつば甚。犀川沿いの高台にあるため、お部屋からは、犀川と街を一望できて眺めが良いですよ。さらにどのお部屋にも謂れや歴史、見どころがあり、お部屋も楽しみの一つです。
通常キャパの大きな料亭では、厨房とお部屋までのインターバルがあるので、温度への条件が厳しくなってくるのですが、つば甚さんではそれも計算されているところが素晴らしいと思います。食材は地物の最高級を料理に織り込んであって、そのおいしさを引き出します。器も素晴らしいもので、料理にもマッチさせてあるところがまたステキ。
夕食の料金は2万円から。私は一番手頃なコースから3段階金額別に頂いたことがありますが、一番手頃なコースよりも、真ん中の価格からが食材も器もアップグレードされていて満足度が高かったです。その上のコースもそれは素晴らしいものでした。
日本酒はオリジナル酒その名も「つば甚(福光屋、特別純米)」がありますので、何種類か飲むなら1つ候補に入れられたら良いと思います。純米酒でややどっしりめなので、煮物や揚げ物にも良いと思います。
(最終訪問 2019年7月18日)
7月のつば甚 鶴の間
今回はお食事会にて「鶴の間」をご準備いただきました。このお部屋は大正時代に造られたそうで、斬新な趣向も見所です。入ってすぐ気付くのは、大きく取られたガラス窓で、自然光が入って気持ちいい印象に加え、昔のガラスならではの味のある歪みがなんとも味わい深い。
まずはお茶を頂きまして、お部屋にしみじみ浸り心を落ち着けます。ふと見上げると欄間には折り鶴があしらってありました。
縁側の床がなんとも言えない男らしい存在感を放っているのですが、驚くことに北前船の甲板だった板を使用してあります。江戸時代に大海を渡り人々のおいしい歴史を紡いできたその背景もこのお部屋の味わいです。
また、さりげなく飾られている絵もすごいものです。このお部屋には、ちぎり絵で有名な画家山下清氏のちぎり絵ではない珍しい作品を目にすることができます。なんでもつば甚に来た際、ちぎり絵の準備がなくこれを描いていったそうです。
お食事の準備が整いお席へ。床の間には“鍔”を嵌め込んだ板が使われており、つば甚さんらしい。
お料理で毎回驚くのは、川村料理長の常に新しい味の追求です。日本料理で最も大切な季節感や伝統行事を織り込む演出はもちろん外さないし、その上で良き意味での王道と良き意味での新しさが織り込まれているので、何度も来ても毎回料理に期待があります。例えば同時期に料亭さんを何軒か巡ると似た料理になるのは避けられませんが、ここではそれだけでは終わらない、一歩先のオリジナルの美味しさを加えてあります。ちなみに今回は7月18日の訪問で、その前は3週間前の6月30日でしたが、料理はガラリと変わっていました。
特に記憶に残った料理。
お椀お造り、鱗焼きのあとに出て来たのはオコゼのシャリソース。見た目から「え?なんだろう」と好奇心でいっぱいに。湯葉にオコゼをのせてあり、白濁したシャリソースが手前に。新しい美味しさで気持ちが高揚した。すし酢の甘さと酸味がソースとなっており、新しいけどよく知っている馴染みがある味が、なんだか今まで食べたすしのおいしい思い出まで呼び起こさせてくれた。今回はオコゼだったが、これで他の白身魚を食べてもおいしそうだ。
お食事前の酢の物として出て来たのは毛蟹で、ジュレがけで雲丹のせで焼きトマトを詰めたものをソースのような感じで。凝縮された太陽の味が香ばしく、雲丹に相性良し。シャインマスカットも添えてあり爽やかな印象。
デザートは葛切り。オレンジ色なので一見柑橘の葛切りだと思いきや、加賀野菜のひとつ“打木赤皮甘栗カボチャ”の葛切り。甜菜の糖蜜がけで、くずきりも蜜もナチュラルな甘さが美味。金沢のおいしさを織り込んであって嬉しい。添えてあるのは甘酒と豆乳を合わせたもので、“食べる点滴”と言われる甘酒が酔った体を労わってくれた。
(今回のお料理写真)
・先付八寸 船は珠洲焼き
・お吸い物 鱧
・お造り
・甘鯛の鱗焼き
・オコゼのシャリソース
・太刀魚の揚げ椀
・酢の物 毛蟹
・お食事 鰻
・打木赤皮甘栗カボチャの葛切り、甘酒豆乳
9月のつば甚 夕食
9月に27000円のコース(サ・室料込み)を頂いています。
・先付、八寸
先付は蒸しアワビ、イチジク生ハム巻き、加賀太胡瓜。蒸しアワビは5時間蒸したもので、うっとりするような弾力と柔らかさでした。
八寸は、生クチコ、カラスミ(大根添え)、サーモン長芋茶巾など。
9月は重陽のお節句と十五夜を感じさせてくれるしつらえでのスタートしました。一献も菊酒にて。
重陽の節句(9月9日)は菊の節句と呼ばれており、「被せ綿(きせわた)」(前日に菊の花に真綿をかぶせておき、翌朝露を含んだ綿で身体を清めると長生きできる)という風習があります。この時期に菊に綿をかぶせたしつらえをしているお店はありますが、実際に朝露で濡らしたものをお客さんに提供してくださるお店は初めてでした。これには感激。
・お椀
蓋を外すと、ハモ、そして満月を思わせる胡麻豆腐には、満月にウサギが遊ぶという粋な演出です。芸が細かい!大振りな松茸がやけに嬉しい。香気が鼻腔をくすぐり、喉の奥にも残ります。黄金色に輝くお椀もまた素晴らしいですね。
・鮎寿司
オリジナリティを感じる一皿。焼いた鮎の身にはご飯が挟んであって、温かいお寿司として味わいます。この温度だと、鮎の香味が開いて美味。なるほど。頭と骨、尻尾は揚げせんべいになっており、パリパリと。こちらにも調理方を変えた松茸が!
・お造り(アワビ、ウニ、ナメラ、マグロ、ボタンエビ)
またしてもアワビが。次はお刺身として頂くのですが、細かく隠し包丁が入れてあって、歯切れの良さが楽しめます。雲丹と肝酢を添えて。
・のど黒の塩麹焼き、干クチコ、焼松茸
切り身でも立派なものでしたから、それは大きなのど黒なのでしょう。脂の乗りも素晴らしく、塩麹で旨さが引き出され、とろけるような口どけでした。干クチコも立派なもので、松茸は焼きにて。
・アマダイのれんもち包み菊花あんかけ
秋らしく美しい一品。身の柔らかいアマダイにレンコンもちの優しいねっとりが絡み、控えめでほのかな塩気のあんが雅な味わいです。
・酢の物 毛ガニのあらい
・鮑ウニ松茸ご飯
それは贅沢な炊き込みご飯の登場です。味の添え方が上品で、素材を立たせてあるところがニクイです。
・デザート
加賀棒茶のプリン五郎島金時チップス添え、ルビーロマン、わらび餅
・お菓子、薄茶
吉はしさん製の「雁行」という名のお菓子です。
6月のつば甚 夕食(2017年6月5日訪問)
この時期は食材が目立ってあまりない時期ですが、初夏らしい演出がふんだんに織り込まれており食べ手を喜ばせてくれました。
(お料理一部)八寸は板橋をモチーフにしたものに梅貝やもずくなどが並びます。お吸い物はハモ、お造りは屋形船にアヤメをあしらって風流な演出。アマダイの蓮餅蒸しは空豆の器で、毛ガニの砧巻きは夏越の祓の“茅の輪くぐり”をモチーフにしてあります。お食事はヨモギ素麺で目でも涼やかな印象。そしてお菓子は「青葉風(あおばかぜ)」という名が付けられていました。
こちらは最古のお部屋「梅の間」です。
こちらは芭蕉が句会を開いた「小春庵」で、犀川を一望できる眺めの良いお部屋です。